忘れな君 われらの恋
すみれの花咲く頃
春の野に咲く、淡い青紫色の小さな花である。人里近くに分布するため、身近な春の花として親しみ深い。
サクラのようなお祭り騒ぎとは無縁だが、少し視線を下ろしてみれば、いつでも足下に咲いている花。
決して華やかではないけれど、そんな日常の小さな幸せを感じさせてくれる春の花、なのかもしれない。
厳密にはスミレ科スミレ属の"Viola mandshurica"という種の標準和名としてスミレという名前が与えられているのだが、
一般的には、特に本種以上によく見かけるタチツボスミレなど、スミレ属の近縁な野草をまとめてスミレと呼んでいる。
パンジーやビオラといった園芸品種は、これらとは区別されることが多い。園芸品種は野生種よりも花が大きく、色も鮮やかな傾向にある。
要するにその辺に小ぢんまり咲いてるのがスミレ、花壇に植わっていて花が大きいのがパンジー、小さいのがビオラぐらいに思っておけば大体合ってる。
というか、専門家や学者でもなければ、本当にそれぐらいの認識でしかないというのが実情。
すみれ色というぐらい、スミレといえば青紫色の花というイメージが強いが、近縁種では黄、白、桃、紅紫などの色がある。
英語圏でも"violet"といえば文字通りスミレのような青紫色を指すが、ウェブカラーで指定した結果ご覧の有様である。何故だ。
山菜として利用されることもあり、葉や花を食用とする。サポニンやビオリンなど微量ながら毒を持つが、大半が種子と根茎に集中しているためほとんど問題ない。
ただし、低毒とはいえ多食すれば危険な可能性もあるし、ニオイスミレなど毒性が強い種もあるので注意が必要である。
スミレは主に日本全域と東アジアに分布するが、その仲間達は世界中の温帯全域に分布すると言っても過言ではなく、
その上非常に変異しやすい性質を持つため、地域ごとの固有種が数え切れないほど存在する。
日本在来種だけでも約50種が存在し、それらの交雑種や変種なども多様性に富んでいる。
日本で良く見かけるのはスミレ、タチツボスミレ、ツボスミレなどだが、欧米で"violet"と言うと大抵はニオイスミレのことである。
日本のスミレは香りがほとんど無いが、ニオイスミレはその名の通り強い芳香を持つ。ヨーロッパでは古くから馴染み深い花で、香料やハーブとして使われてきた。
今でも香水やアロマオイルなどに使われているが、花も恥じらう女性団長はともかく、屈強な団長諸兄にはあまり馴染みがないかもしれない。
パルフェタムールというリキュールは、ニオイスミレで香り付けをしたお酒である。色も鮮やかなすみれ色。
飲む香水と呼ばれるほどのお酒で、癖は強いが、スミレちゃんの甘い香りに酔ってみるのもいいかもしれない。
ちなみに、パルフェタムールとはフランス語で"Perfect Love"の意味。かつては媚薬という触れ込みで売られていたそうな。
紫色は性欲を刺激する色であるとも言われている。スミレという花の咲くところ、案外色恋沙汰が付きものなのかもしれない。
スミレは芸術の世界でもよく登場する。絵画、音楽、文学、神話伝承の類など、何処にでも現れる。
シェイクスピアの「真夏の夜の淫夢」では、スミレの仲間のサンシキスミレの汁が惚れ薬として使われ、物語上重要な役割を担う。
同じくシェイクスピアの「ハムレット」では、狂気と哀しみのうちに没した美少女オーフィリアの埋葬に際して、その兄レイアーティーズはこう叫ぶ。
Lay her i' th' earth, (亡骸を埋めろ!)
And from her fair and unpolluted flesh (その穢れのない美しい体から、)
May violets spring! (すみれの花を咲かせてくれ!)
実は物語中でニオイスミレやサンシキスミレが現れる場面が何度かある。悲劇の兄妹にとって、スミレの花はどのような意味を持っていたのだろうか。
これはギリシャ神話での話。太陽神アポロンはある美しい乙女に恋をしたのだが、彼女はアポロンの愛を受け入れなかった。彼女には許嫁がいたからである。
嫉妬に怒り狂ったアポロンは、恋に一途で純情な乙女をスミレの花に変えてしまった。ひどい話である。
アポロンの報復を恐れた乙女が、アポロンの双子の妹で純潔の女神でもあるアルテミスに頼んでスミレの姿に変えてもらったという話もあるが、どっちにしろひどい。
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