ブルーロータス のバックアップ(No.55)

仏の花の青蓮華と言うものであろうか。
郎女の目には、何とも知れぬ浄らかな花が、車輪のように、宙にぱっと開いている。

ロータス(Lotus)といえば英語でハス、もしくはスイレンのことだが、本種はスイレンの仲間である。
英名では"Egyptian Blue Water Lily"とも呼び、その名の通りエジプト・ナイル川流域原産の青いスイレンである。
スイレンの仲間は世界中に分布しているが、青い花を咲かせるものは熱帯にしか存在しない。
熱帯産のスイレンを日本国内で開花させることは難しく、普通に生活していると中々見ることができない花である。
一方で熱帯スイレンは鮮やかな色や花姿を持つ傾向にあり、愛好家は多い。栽培は少し難しいが、挑戦してみる価値はあるかも知れない。

ナイル川にはもう１種類、ヨザキスイレンという白いスイレンが自生しており、ヨザキスイレンはその名の通り夜に咲くが、ブルーロータスは日中に開花する。
このことから太陽神への信仰の篤い古代エジプトでは、２種のスイレンは太陽の象徴として神格化されていた。
壁画やレリーフなどにもその姿を多く残し、数々の神話の中でも重要な役割を担う、由緒正しい花なのである。
また強い鎮静作用があることが知られており、精油は古代から宗教的な儀式において神と通じるための霊薬として使われていたと言われる。
有効成分はヌシフェリンやアポルフィンであり、パーキンソン病の治療にも使われるドーパミン作動薬のアポモルヒネとよく似た働きをすることが現在では分かっている。

スイレン属は"Nymphaea"の学名で呼ばれる。察しの良い方はお気づきの通り、これはギリシャ神話のニンフ（精霊）に因む。
古代ローマの賢者、大プリニウスが著した「博物誌」の記述によれば、英雄ヘラクレスに捨てられ、
惨めさに耐え切れずナイルに身を投げた美しいニンフが、スイレンの花に姿を変えたんだとか。
そのため、スイレンを12日間に渡り常飲し続けた者は性的不能に陥るとも述べられているが、
先述のドラッグめいたスイレンの効能を考えると、一概に迷信とも言い切れないのかもしれない。
ところで、ヘラクレスの従者にして愛人であった美少年ヒュラスが、その美貌のため泉のニンフに攫われるという話があるが、
この話がまるで、ヘラクレスへの嫉妬に狂った哀れなニンフの復讐のようにも思えるのは、考えすぎだろうか？
ウォーターハウスの絵画「ヒュラスとニンフたち」で有名なエピソードだが、
果たしていかなる偶然か、この絵画でもニンフの住まう泉にはスイレンの花が咲いている。