それは、その人々も淋しければ福寿草も淋しいからです。そして、その人々も光を憧れ、春の訪れを待ちわびていれば、福寿草も太陽の燦爛と輝くのを待ち焦こがれているからです。
フクジュソウはキンポウゲ科フクジュソウ属の多年草である。主に山林に分布し、2月から4月頃にかけて輝くような黄色い花を咲かせる。
ちょうど旧暦の正月ごろから咲き始めるため、春を告げる縁起の良い花とされ「福寿草」という大変めでたい名前が付けられた。他にも元日草や朔日草という別名がある。
正月飾りとして寄せ植えなどにすることがあり、とくにナンテンとの組み合わせは「難を転じて福となす」の意味があるとして好まれる。
今でも正月飾りにフクジュソウを飾ることがあるが、新暦の正月はフクジュソウの時期には早過ぎるため、温度管理によって開花を早めたものが使われている。
またフクジュソウは根がよく発達するため、飾り用の小さな化粧鉢に植えるために、根を無理矢理切り詰められていることも多い。
そのまま育てても衰弱して枯れてしまうので、正月に買ったフクジュソウは、花が終わる頃にはなるべく深くて大きな鉢に植え替えてあげよう。
次の年以降も正月に咲かせるためには、12月頃から鉢を温めてやる必要があるが、ハウスなどの設備が無いと難しいので、自然体で咲かせてあげたほうが良いかもしれない。
フクジュソウは他の植物と比べてかなり早く芽吹くが、これには大きな理由がある。
フクジュソウは山林に自生する植物だが、そうした環境は周囲の高い木々のために常に日陰となりやすい。しかし、落葉樹が葉を落としきった後は、林床まで日光が届きやすくなる。
この初春の短い時期にフクジュソウは芽を出し、光合成を行って栄養を根に蓄える。そして夏になると、周囲の木々が生い茂って日当たりが悪くなるため、地上部を枯らして休眠に入るのである。
こうしたスタートダッシュ逃げ切り型の生存戦略を取る植物を一般にスプリング・エフェメラルと呼ぶ。
エフェメラル(ephemeral)とは「束の間の、儚い」という意味の語だが、momentary、transient、short-livedといった一般的な語と比べるとかなり情緒的な表現である。
日本語では単に「春植物」などと訳すが、詩情を込めて「春の妖精」と呼ぶこともある。フクジュソウは春を告げる可憐な妖精のような花なのである。
さらにフクジュソウの面白い特性として、明るい間は花が開くが、日が陰ると閉じるという性質がある。
これは花弁の角度を調整し、パラボラアンテナのように花の中心部に熱を集め、昆虫を誘引するための仕掛けであるが、まるで小さな花が束の間の太陽の暖かさを喜んでいるようにも見えないだろうか。
フクジュソウのことを英語では"Adonis"と呼ぶが、正確には日本のフクジュソウとは別種で、赤い花を咲かせるヨーロッパ原産種のことを指す。
日本のフクジュソウは"Amur Adonis"と呼ばれている。ロシアのアムール川のあたりに自生するフクジュソウという意味である。
"Adonis"という名はギリシャ神話に登場する美少年アドニスに由来する。アドニスは女神ペルセポネの嫉妬を買い、猪に変身した軍神アレスに殺されるのだが、
その時流した血が、真っ赤なフクジュソウの花に姿を変えたのだと言われている。「悲しい思い出」という、めでたい名前に不釣り合いな花言葉もこの神話から来ている。
・・・ここで「うん?」と思った人は鋭い。これってアネモネの話とほとんど同じじゃねぇかと。(この話について詳しく知りたい人はアネモネのページでどうぞ)
アネモネもフクジュソウも、同じくキンポウゲ科に属する花である。神話に異説はつきものなので、どちらが正しいというよりも、
アドニスが死んでなんかそんな感じの花が咲いた、という寛容な解釈をしておくのが無難かもしれない。
キンポウゲ科の植物は多くが有毒であるが、フクジュソウも例外ではなく、可愛らしい外見と裏腹に極めて強い毒性を有する。
ネコへの静脈注射における半数致死量0.095mg/kgという高い毒性を持つシマリンや、水溶性の高いアドニトキシンなど、
20種類以上の豊富な強心配糖体を全草に含んでおり、誤って摂取すると嘔吐、呼吸困難、心臓麻痺などを起こし、最悪の場合死に至る。
根を乾燥させたものを強心利尿薬として利用することもあるが、もちろん素人判断での使用は絶対にしてはならない。
地面から芽を出したばかりの姿を、フキノトウと間違えて誤食するというケースが後を絶たず、死亡例も多い。山菜採りの際には十分注意すること。
|