ギリシア神話における、スミレの小話を3篇ほどご紹介。
① ~主神ゼウスと川の神の娘イオ~
とある頃の話。
当時、主神ゼウスは美しい川の神の娘イオが大変お気に入りで、ちょくちょく遊びに出かけては川で彼女と一緒に戯れていた。
そんなある日のこと、ゼウスの妻・女神ヘラは、オリュンポスの神殿から少し離れた川のほとりに、怪しげな雲がかかっているのを見つける。
これはゼウスがどこかにこっそり(でもないが)出かける時の常套手段で、もちろんヘラもお見通しなので、ヘラは浮気現場を押さえるべく、急ぎそちらに向かうことにした。
やがてヘラが鬼のような形相でこちらに向かってくるのに気づいたゼウスは、シラを切るべく慌ててイオを白い牛に変えてしまう。
そしてヘラが現場に到着すると、そこでゼウスが連れていたのは大きな雌牛。
ヘラもまさか「牛と戯れていただけ」などというゼウスの白々しいウソを信じたわけではないが、とりあえず一旦その場を引き下がったのである。
こうしてとっさの事とは言え恋人を牛に変えてしまったゼウスは、彼女が草しか食べられないのではあまりに不憫だと、周囲に美しいスミレの花をつくり、食べさせるように取り計らう。
(つかそもそも自分のせいだろうに・・・)
しかし、なおも疑いの目を向けるヘラの様子に、ゼウスもこのままこの牛を特別扱いしていたらいずれ浮気がバレる・・・と怯え(そもそもバレバレなのだが)、
ヘラにバレて彼女がひどい目に遭わされる前に星に変えて、夜空に上げることにしたのである。
ゼウスはしかし、彼女を夜空へと送り出した後も別れを嘆き悲しみ、以前牛に食べさせるためにつくり出したスミレにイオの面影を映し、想い出の地をスミレで埋め尽くしたのである。
ギリシャ語でスミレのことを「イオン」と呼ぶのは、彼女の名前にちなんだもの。
これはそんな風に、牛に変えられ星に変えられ挙句夜空に放り出されたという、身勝手なオッサンに振り回された不憫な少女の物語である(違
ちなみに主神ゼウスは、夜空では木星として鎮座している。(※木星=Jupiterはローマ神話における主神、ギリシア神話のゼウスと同一視される存在)
そして、夜空に上げられた少女イオは木星の衛星。
不憫なる少女イオは、こうして今でも健気に日々ゼウスの周りを巡っているのである。
② ~スミレとエロスの悪戯~
これはまだ、スミレの花が白く可憐な姿だった頃のこと。
愛と美の女神アフロディーテは、近くに侍る野の花の精・スミレにふと目を留めると、近くにいた息子エロスに、戯れにこう尋ねた。
「ねぇエロス。私とこの娘、美しいのはどちらかしら?」
尋ねるのはオリュンポスにその名も高き美の女神・アフロディーテである。
一方、目を向けられたのはまぁ美しいとは言えそこらの野山に咲いている、地味な可憐で控えめな花の精。
誰に尋ねても答えなど決まっているだろう。
しかし問われた相手はオリュンポスきってのトラブルメーカー・恋と愛の神エロス。
こんなことを訊かれてまともに答えるはずもない。
「ええ母上。もちろん、より美しいのはこの野の花、スミレにございます(ニッコリ)」
答える方も答える方だが、こんなことをこんな相手に訊く方も大概である。
「ねぇ、エロス。よく聞こえなかったのですけれど。もう一度答えてくださるかしら!?(威圧)」
「ええ、ですから母上。よりお美しいのは彼女、スミレでございますよ!(ニヤニヤ)」
「!!(憤怒)」
「ヒィィィィッ!!(恐怖)」
怒りでキッとまなじりを釣り上げたアフロディーテに見据えられ、可憐なる花の精スミレはたちまち顔色が紫に染まってしまう。
それ以来すっかり怯えてしまったスミレは、白ではなく紫の花を咲かせるようになってしまったのである。
③ ~サンシキスミレ・パンジー エロスの愛の使者~
オリュンポスきってのトラブルメーカーと言えばエロスであるが、チャランポランに見える彼も実は自分の使命には忠実である。
その日も地上に降りてある者の恋を成就させるべく、とある人間を狙って矢を放ったのだが・・・
「ありゃ、外しちった。・・・ま、いっか。これは元々叶わない恋だったってことだよね」
賢明なる神エロスは、運命に逆らってまで1つの任務にこだわったりはしないのである。
そして天上に戻ろうとした時、ふと足元の花に目を留める。
それは、さっきそれたエロスの矢が当たり、その魔力を受けて萎れてしまったスミレの花であった。
「おお、なんと美しい花。地上にもこんなに美しい花が咲いていたんだねぇ」
白々しく感嘆してみせるエロスだが、そもそもスミレの花をイタズラで紫に染めてしまったのは彼である。
「でも可哀想に、さっきの僕の矢が当たってしまったんだね・・・」
元気なく萎れるスミレに、エロスはふと、あることを思いつく。
「よし、君に1つ使命を与えてあげよう。僕の代わりに、この恋の魔力を地上の皆に分け与えておくれ」
そう言ってエロスがスミレに三度、キスをする。
キスを受けるたびにその色が変化してゆき、そして元気を取り戻したスミレの花が、その魔力を受けて辺り一面に三色の花を広げてゆく。
愛らしく幼い少年の姿をしたエロスであるが、その実体は全能の神ゼウスとギリシアに名高き美の女神アフロディーテとの息子。
たとえ普段はいい加減に見えても、その権能は絶大である。
たちまちのうちに三色に生まれ変わったサンシキスミレ=パンジーの花は辺りにあふれ、やがて世界中に広がってゆく。
恋の魔力とその使命を帯びて。
こうして恋の花・パンジーは、エロスから受けた使命を世界に広めるべく、三色の美しい花を今日も咲かせているのである。
この花を贈った者から送られた者へのメッセージ、「私を想って」という花言葉とともに。
ちなみに、スミレ(パンジー)をいたく気に入ったエロスは、魔力を込めた時に、自分の面影もこの花に吹き込んでいる。
「そうそう、美しくて愛らしい(自分で言うな)僕の面影も、恋と一緒に世界に広めるんだよ、お前たち」
パンジーの花は、思慮深く物思いにふける人間の顔を模していると言われている。
エロスが思慮深い神かどうかはともかく、今日もパンジーはエロスの面影をその身に宿し、恋の魔力を世界に振りまいているのである。
おしまい。
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