花言葉 私を忘れないで
花の色が宝石の翡翠に似ていることからこのように名付けられた、フィリピン原産のマメ(亜)科ヒスイカズラ属に分類される非耐寒性の熱帯性常緑蔓性低木。
スイカズラ(吸葛、なお忍冬は漢名)に名前が似ているものの、スイカズラはスイカズラ科、ヒスイカズラ(翡翠葛)はマメ科であり、別物である。
1841年に米国海軍の探検隊が発見し、米国植物学者 Asa Gray によって命名された。学名をStrongylodon macrobotrysといい、
Strongylodonは古代ギリシャ語で「丸い( strongyro )+歯( Odon )」を、macrobotrysは同じく古代ギリシャ語で「大きい( makros )+ ブドウ状の( botrys )」を意味する複合語。
花は上下に反った花弁とその間にある2枚の花弁とからなる。上花弁を旗弁、下花弁を竜骨弁、中央の花弁を翼弁と呼ぶ。
旗弁と竜骨弁は筒状に合着していて、その内部で雄蕊と雌蕊を保護している。
マメ科の植物には、花弁外輪の萼片が筒状に合着して萼筒を形成するものが多くあり、その萼筒の開いた先端部分(萼裂片)がギザギザと尖って花弁下部に接合していることが多い。
これを萼歯と言うが、翡翠葛においてはこの萼歯部分がギザギザとした尖形ではなく丸みを帯びた形状となっており、これが学名の「丸い歯」の由来であろう。
また、藤の花のように幾つもの花弁を纏って垂れ下がる花房が「大きなブドウ」の由来である。この花房は、長い時には20mを優に超える。
翡翠葛は英語でJade vine(翡翠の蔓)と呼ばれるが、似た花に、パプアニューギニア原産の「緋色の翡翠葛(Red jade vine)」と呼ばれるムクナ・ベネッティー( Mucuna benettii )がある。
樹形や花の形状などもかなり似ており、色違いの翡翠葛と言えよう。
他にも沖縄に自生する暗紫色花弁を持つ火焼葛豆(カショウクズマメ、 Mucuna membraacea ) や、淡い黄緑色の萼と暗紫色の花弁のコントラストが美しい色葛(イルカンダ、 Mucuna macrocarpa ) などの近似種がある。
因みに、リンネ式分類体系における「属」まで分類が一致する種は「近縁種」と呼ばれるが、近似種は近縁種も含め、共通先祖までの世代距離に拘らず、外観が近似しているものまで含む。
似た花として挙げた上記の植物はマメ科トビカズラ属(= Mucuna ) に分類される種であり、翡翠葛とは分類が異なることに注意を要する。
その名に違わず、極めて美しい緑がかった青色を呈する勾玉(もしくは嘴)状の花弁を有し、別名「女王の耳飾り(つなげるとネックレスになるので「女王の首飾り」とも)と呼ばれる。
花言葉を知らずとも、彼女のその美麗の一言に尽きる美しさは一度見たらきっと忘れないだろう。翡翠葛の花で作られるフラワーアートもまた同様に。
これほどまで印象的な花に「忘れないで」という花言葉が当てられたのには無論理由がある。
翡翠葛の開花時期は、春から初夏に当たる3月から5月と、比較的長い期間なのだが、一つ一つの花の開花期間は数日と極めて短い。儚さの代名詞である桜もびっくりの儚さである。
このわずかな期間で、色を翡翠色からブルーベリーのような暗紫色に変え、次々と落花してしまう。
綺麗なのでドライフラワーにしたい人間も多いのだが、数ヶ月も保たずに脱色してしまうし、押し花であっても半年程度で元の俤も残さず脱色してしまうのである。
このように、美しさと反比例するかの如き刹那的な寿命ゆえに、「私を忘れないで」という花言葉を当てられることになったのである。
マメ科の植物には毒性のあるものも多い(というより、大部分は有毒である)が、翡翠葛に毒性はない。
そのため翡翠葛の花は食用(いわゆるエディブルフラワー)にもなり、現地、特にルソン島では野菜として食用に供されている。
実ももちろん食べることができ、丸焼きにしたり、油で揚げたりして食べられる。翡翠葛の結実はかなり難しく、結実がニュースになることもある。 いつか食べてみたい
もし食してみたいなら、苗が1万円以下で入手できるので育ててみるのもよいだろう。……ただし、沖縄に住んでいる人は別論、一年を通して同温同湿を保てる温室も別途用意できればの話だが…。
この美しい青緑は、赤から紫色を呈する化合物であるアントシアニン類(マルビン)と、コピグメントと呼ばれる共存色素のフラボン類(サポナリン)との分子会合(比率にして1:9)に加え、
色素を有する表皮細胞のpHが7.9とアルカリ性に傾いていることによる。
このような、フラボン類が花に含まれるアントシアニン類と結合して花を青くさせる現象はコピグメント効果と呼ばれ、ダッチアイリスや青系統のパンジーなどに見られる。
また、これまでに確認された中で唯一、翡翠葛と同色の花を咲かせる(こともある)キジカクシ科のラケナリア ヴィリディフロア( Lachenalia viridiflora 、アフリカヒヤシンスとも)という植物もあり、
こちらも鮮やかな湖面を想起させる碧(あおみどり)色が非常に美しい花である。
翡翠葛の受粉様式は動物媒であり、その媒介者はオオコウモリである(とされる)。背後にコウモリを負うデザインはこれを示すものであろう。
コウモリは翡翠色を好むため、翡翠葛は長い時間をかけて花粉媒介者たるコウモリを誘引するためにこのような色調に進化したと考えられている。
なお、オオコウモリ以外に、メジロのような鳥類も翡翠葛の蜜を吸うことがあり、花粉媒介者であるコウモリの代わりを担っている場合があるため、
厳密には野生下でどの生物が花粉を運んでいるかははっきりとわかっていない(実は野生の翡翠葛の花粉をコウモリが運んで受粉しているところすら目撃例がない)。
この蜜を実際に試飲(試舐?)できる植物園もあり、実際に体験した人の話によると、「花の香りはほぼなく、やや粘性があり、ガムシロップのよう」とのこと。
受粉においては、翡翠葛の柱頭にクチクラと呼ばれる丈夫な膜があるため、花粉が付着するだけでは受粉できない(このような構造を「自家不稔性」という)。
受粉のためには、そこそこの重量の生物が(蜜を吸うために)花にとまって、竜骨弁が押し下げられることによって膜が破られ、雄蕊雌蕊が露出する必要がある。 ん?つまり処女まk…
このように、どう考えても受粉確率を下げるような個体数減少のリスクしかない構造になっているのは、膜によって自家受粉を避け、遺伝的多様性を確保するためであろうか。
日本では1975年に熱川バナナワニ園で初めて開花育成に、1989年に国立科学博物館筑波実験植物園で初めて人工授粉に成功した。
植物は実に多様性に富むが、植物が翡翠葛のような奇抜な色や形状を持つに至ったのは、花粉媒介者の目に留まるよう、その特異な生態を反映しているからである。
このように個性的な翡翠葛であるが、残念ながら自生地の熱帯雨林の減少に伴ってその数を著しく減らしており、
IUCN(国際自然保護連合)のレッドリストにおける「絶滅危惧」の3段階(近絶滅、絶滅危惧、危急)のうち2段階目に指定されている。
受粉確率の低さ(植物園での人工受粉ですら1%程度)も相俟って、いずれは温室でしか見られなくなる日も近いかもしれない…。
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