桃之夭夭 灼灼其華 之子于帰 宜其室家
桃之夭夭 有蕡其実 之子于帰 宜其家室
桃之夭夭 其葉蓁蓁 之子于帰 宜其家人
サクラやウメと同じく、バラ科サクラ属の落葉高木。原産地は中国。
花は観賞用、実は食用となるほか、葉・つぼみ・種子は薬用、樹皮は染料、樹木は木材と余すところのなく使える有用植物。
様々な改良品種が作出されているが、花を見るためのハナモモ、果実を食用とする実桃に大別することができる。
サクラ、ウメと並んで日本の春を代表する花であり、童謡にも歌われているように、特に桃の節句、いわゆる雛祭りでは、
モモの花を飾ったり、種子を煎じた杏仁湯を飲んだりと、行事に無くてはならないものであり、ここはサクラやウメにない特徴と言える。
にも関わらず、サクラやウメと比べるとモモの花はイマイチ影が薄い感じも拭えない。サクラ、ウメが強すぎることの他に、恐らく見分けがつきにくいことも一因。
サクラ、モモ、ウメの違いをざっと纏めると以下のとおり。
| サクラ | モモ | ウメ | 開花時期 | 遅い | 真ん中 | 早い | 花弁の形 | 先割れ | 先が少し尖っている | 丸い | 花の付き方 | 1節から複数の花柄が伸び、房状に大量の花が咲く | 花柄は短く、1節に2つの花が咲く | 枝の先に直接花が付き、1節に1つずつ咲く | 木の肌 | 縞模様で艶がある | 斑点模様 | 不揃いでごつごつとしている | 葉の出る時期 | 品種によりまちまち、ソメイヨシノは花が終わってから | 花と同時に出る | 花が終わってから出る |
以上のように、モモはサクラとウメの中間といえる特徴を持ち、見分けにくいのも仕方がない。
見分けられたとしても、アンズとスモモ、更に豊後梅という伏兵が潜んでいるので油断がならない。
中国や日本では昔から縁起の良い木とされ親しまれてきた。
原産地の中国では、たくさんの実をつけることから、モモは生命力の象徴として神聖視されていた。
神話においては崑崙山に住む最高位の女仙、西王母と関わりの強い植物である。その果実には邪気を祓い、長寿を齎す力があると信じられてきた。
「西遊記」にて、孫悟空は彼女の桃園から盗んだモモの実を食べて、不老不死となったと伝えられている。
理想郷、ユートピアのことを桃源郷と呼ぶのも、仙人の住む地=モモがたくさん実る土地といった意味が込められている。
こうしたモモに纏わる神話や伝承は道教の思想の中に取り込まれ、モモの仙果としての呪術的側面は益々強まっていく。
モモの木で作った呪具が用いられるようになり、新春に門前にモモの木で作った人形や呪符を置いて厄除けとする風習は現在でも残されている。
当時の墳墓から桃人形や桃の木牌が出土されることもあり、墓中の邪気を祓う力を期待していたものとされる。
大陸から日本へモモが齎されるとともに、そうした思想も伝わり、モモは日本においても神聖な果実と見なされてきた。
その起源は、古事記に記されたイザナギ・イザナミ神話に見ることができる。
男神イザナギと、その妹であり妻でもあるイザナミは、イザナミの身体の成り合わぬところをイザナギの身体の成り余るところで挿し塞ぐことで、
日本の国土となる大小の島々に、続いてとんでもない数の神々を産み出したのだが、
終の秘剣火の神カグヅチを産み落とした際にイザナミは大火傷を負い、命を落とす。
イザナギはとりあえずカグヅチをぶち殺した後、黄泉の国へ赴いて亡きイザナミを現世に連れ戻そうとするが、
決して見るなというイザナミの言いつけを破って、腐敗し蛆をたからせる変わり果てた妻の姿を彼は見てしまう。
イザナギはその姿に恐れおののき逃げ出すが、約束を破られ、自身の醜い姿を見られたことにイザナミは激怒し、
8柱の雷神と黄泉醜女(ヨモツシコメ=神話版ターボババア)達を従え、一目散に逃げるイザナギに追いすがる。
葡萄やタケノコを投げて追手を撒きつつ、なんとか現世と黄泉を分かつ黄泉比良坂(ヨモツヒラサカ)まで逃げ延びたイザナギは、
そこに生えていたモモの実をむしり取り、「うるせぇ、モモぶつけんぞ」と追手たちにモモの実を3発立て続けに投げつけ、これを退散したのである。
イザナギは自身の窮地を救ったモモを褒め称え「お前が私を助けてくれたように、困っている人がいたら助けてやりなさい」と命じ、
意富加牟豆美命(オオカムヅミノミコト)というご大層な神名まで与えた。つまり、日本においてモモは神様そのものなのである。
モモからしてみたら、なんか神様に投げらたら自分まで神様にされていた、ということだが、神話とは得てして不条理なものである。
桃太郎がモモから生まれてくるのもちゃんと理由があり、本来はモモで若返ったお婆さんが桃太郎を産んだともいうが、やはりいずれもモモの呪術性を象徴している。
節分の起源でもある追儺(ついな)の儀では、鬼を追い払うために桃弓に芦矢をつがえて放ったとされる。
日本でも各地の古墳からはモモの種子が出土しており、古代中国における同様の風習との関連性が見受けられる。
ちなみに種や未熟果、生の葉は毒性物質アミグダリンを含む。サクランボやウメなど、同じバラ科植物には含まれていることの多い物質である。
アミグダリンは青酸配糖体の一種で、それ自体は無毒だが、腸内細菌の持つβ-グルコシターぜという酵素により加水分解され、猛毒のシアン化水素、即ち青酸を生ずる。
とは言え含有量は微量であり、モモの種子では重量の1.5%ほど。アミグダリンの毒性自体も青酸カリと比較して(たぶん)1/7程度しかない。
よって青酸カリの致死量150~300mgからモモの種子の致死量を逆算していくと、(たぶん)700~1400gもの種子を一気食いしなければならないことが分かる。
酵素の働き次第では青酸が上手く発生しない可能性もあるので、実際にはさらに多量を摂取しなければならないだろう。
一方で青酸の呼吸抑制作用を利用して、少量であれば咳止めなどの効果を期待できる。モモの種子も桃仁(トウニン)という生薬になる。
よくミステリィなどでシアン化カリウム、いわゆる青酸カリはアーモンド臭を持つと言われるが、
アーモンドもバラ科モモ属の植物であり、種子中にアミグダリンを含有する。
それゆえ青酸はアーモンドの香りという認識は正しいが、それは飽くまで生のアーモンドの香りのことであり、
我々のイメージするローストアーモンドやアーモンドエッセンスの香りとは異なり、ややオレンジのような甘酸っぱい香りである。
梅干しの種を割って、いわゆる「天神様」を食べたことがある人ならば、あの香りだと思っていただいたほうが近いと思う。
尚、青酸カリの水溶液は強アルカリ性を示し、強い苦味とタンパク質を分解する作用を持つ。故に食事に盛るには不向きである。
舐めた程度では致死量に至ることは無いだろうが、クッソ苦いわ口の中が爛れるわ、タダでは済まないと思われるので、
もし青酸カリを見かける機会があったとしても、決して「ペロッ、こ、これは・・・青酸カリ!」としないでいただきたい。
「ベロンッ、この味は!・・・ウソをついている『味』だぜ・・・」も同様に危険なので、とにかく青酸カリは舐めてはいけない。
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