昔者荘周夢に胡蝶と為る。栩栩然として胡蝶なり。
自ら喩しみて志に適えるかな。周たるを知らざるなり。
俄然として覚むれば、則ち蘧々然として周なり。
知らず、周の夢に胡蝶と為れるか、胡蝶の夢に周と為れるかを。
周と胡蝶とは、則ち必ず分有らん。此を之れ物化と謂う。
コチョウランは洋ランのひとつで、主に東南アジアの熱帯を原産とする着生性のランである。その名の通り翅を広げた蝶に似た花を持つ。
一般にはラン科コチョウラン属を総称してコチョウランと呼ぶが、"Phalaenopsis aphrodite"という種に当てられた和名でもある。
察しの良い団長はお気づきの通り、"aphrodite"というのは、ギリシャ神話の美と豊穣の女神アフロディテのことである。
「名の由来になった美の女神」云々と言っているのはこのことなので、ここで言うコチョウランは、和名としてのコチョウランなのかもしれない。
しかし"Phal. aphrodite"のコチョウランとしての知名度はそれほど高くなく、"Phal. amabiris"とその交配品種の方がメジャーである。
ちなみに属名"Phalaenopisis"の方は、ギリシャ語のPhalaia(蛾)+opsis(似ている)に由来しており、実は蝶じゃなくて蛾のランなのである。
英語でもコチョウランは"Moth Orchid"と呼ばれている。"Butterfly Orchid"はむしろオンシちゃんのことだったりする。
四大洋ランと呼ばれ崇め奉られているカトレア、デンドロビウム、シンビジューム、パフィオペディルムを出し抜いて、
日本において最も売れているランがコチョウランであり、主に贈答用として利用されている。日常でも目にする機会は多いかもしれない。
様々な品種が作られているが、特に"Phal. amabiris"の流れを組む白花大輪系の品種が人気である。
近縁のドリティス属との交配種はドリテノプシスとも呼ばれ、赤やピンク系の花、ひと回り小ぶりなミディ種などが多く作られている。
贈答用としての独特のニーズに適応するコチョウランの流通事情は、他の栽培用の洋ランとは異なる点が多い。
洋ランには大抵というか、必ずラベルがついており、例えば"C. intermedia var. orlata 'Canaima's Tamara' AM/AOS "みたいな謎の呪文が記されている。
これは血統書のようなもので、これがないものは「ラベル落ち」として大きく価値が下落するほど、マニヤ達にとって超重要なものである。
洋ラン業界は貴族社会のように、常に株の血統を気にするのだが、コチョウランにおいてはこうした詳細なラベルが付かないことが多い。
贈答用においてはこうしたマニヤ趣味はさほど重要視されず、客にしてみれば色とか大きさとかが大体指定できれば無問題なのである。
高貴なるランの血を引きながらも、市井の需要に応えようとする姿は、貴族でありながらメイドという、コチョウランさんの姿に通じるものがある気がする。
悲しいことに、贈答用として利用されるコチョウランは、花が終わればそのまま捨てられてしまうことが多い。
もし団長諸兄にコチョウランの鉢植えを贈られる機会があれば、そんなことを少しだけ思い出して、できればもう一度花を咲かせてやってほしい。
熱帯性のランなので寒さには弱く、お世辞にも育てやすいとは言えないものの、発泡スチロールの箱などで保温すれば、越冬は不可能ではない。
幸いと言うべきか、開花の条件は「枯れないが咲かない」などと言われるシンビジュームなどよりは緩いと言われているので、
冬さえ乗り切ることができれば、きっと蝶のような美しい花をまた広げてくれるはずである。
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