「うんとこしょ、どっこいしょ」
それでもかぶは、ぬけません。
春の七草のひとつに数えられるスズナ(菘、鈴菜)とは、我々にも馴染み深い野菜、カブ(蕪)を指す古名である。
分類学的に見ると、カブはアブラナ科アブラナ属のBrassica rapaという、地中海沿岸~中央アジアあたりの原産とされる野草の変種である。
カブにも様々な品種があるが、大きく分けるとアジア系の変種B. rapa var. rapaとヨーロッパ系のvar. glabraの2変種に分類できる。
いずれも広く食用とされており、アジア系は「天王寺蕪」や「聖護院蕪」、ヨーロッパ系は「温海かぶ」「金町小かぶ」などの品種が有名である。
日本においては、西日本ではアジア系品種が、東日本ではヨーロッパ系品種が多く栽培されており、関ヶ原付近にその境界線を引くことができる。
B. rapaは、もともと交雑しやすいアブラナ科の中でも特に変種が多い種であり、その中には我々に身近な野菜も少なくない。
カブ以外にも、アブラナやハクサイ、コマツナなど、様々な野菜の原種となっている、重要な植物である。
原種が同じなだけあって、カブの花はアブラナとそっくりの、いわゆる菜の花である。見分けるのはほぼ無理なので、大人しく根本を見よう。
古くから我々の食卓に上がってきた食材であり、中国最古の詩篇『詩経』にも記述されている。ヨーロッパにおいても、古代ギリシャから栽培されていた記録がある。
『三国志』にその活躍が描かれた軍帥、諸葛亮孔明も、その慧眼を農業分野にも光らせ、早期にカブの有用性に着目したひとりである。
痩せた土地でもすぐに大きく育ち、根から若葉まで余すところなく食べられて栄養満点、干したり漬けたりすれば保存も効くということから、
孔明は駐屯兵に必ずカブを育てさせ、栄養失調に陥りがちな行軍を安全に遂行させたという。この功績から、カブは「諸葛菜」とも称された。
なお、現在では「諸葛菜」というと大体オオアラセイトウ(ムラサキハナナ)のことを指す。これも食用となる種で、諸葛亮が広めたとの伝説がある。
日本においても、中部地方で縄文時代後期からカブの栽培が始まっており、最も古くから食べられていた野菜のひとつであるといえる。
『古事記』に記された「吉備の菘菜(あおな)」は実際カブであると考えられており、また『日本書紀』にも、693年に持統天皇が栽培を奨励したとの記録がある。
また、アブラナと同様にかつては採油植物でもあった。アブラナよりも寒さに強いため、特に寒地では重要な作物であった。
カブは通常、ニンジンやダイコンと同様に根菜の一種として扱われているが、厳密には可食部は根ではなく、
「胚軸」と呼ばれる茎の一部である。でも本稿では面倒なので普通に「根」って表現することにします。
ちなみに、本当の根っこはどこにあるのかというと、下の方ににょろっと伸びている髭のようなものが根である。ここはふつう食べずに切り落とす。
また、見た目や調理法などもよく似ているダイコンは、根っこを食べる正真正銘の根菜である。
よく観察すると、カブの肌がつるつるしているのに対し、ダイコンにはひげ根の痕跡が見られるはずである。
強い甘みと独特の歯ごたえを持ち、サラダや漬物ではポリポリ、煮ればほろほろの食感を楽しめる。
根だけでなく、葉も捨てるには惜しい食材である。炒め物や漬物などにすると、程よい辛味でご飯が進むおかずになる。
意外にも根よりも葉の方が栄養価が高く、各種ビタミン、ミネラル、食物繊維を豊富に含む緑黄色野菜と見なせる。
根の方にも消化をたすけるジアスターゼやアミラーゼが含まれているので、やはりどちらも残さず食べたいところである。
カブの中には、根よりもむしろ葉を食用とする品種もある。長野県の特産品であるノザワナも、意外なことにカブの1種である。
京都から持ち帰った天王寺蕪が寒地に適応し、根が大きくならず、葉ばかり育つようになったのが野沢菜、と言われていたが、
近年の遺伝子解析によれば、野沢菜はヨーロッパ系品種を由来とする別変種であるとの結果が出ており、この説は否定されている。
童話においては、カブは収穫が困難な野菜として有名である。確かにずっしりと重く、体積もあるカブは、引き抜こうとする力に対して大きな抵抗を得られそうである。
しかし実際には、カブの根は全てが地中に埋まっているわけではなく、半分ぐらい地上に露出する形に生長する。まぁ本当は茎の一部だということを考えれば、納得の姿であろう。
よって、カブは力を込めて「引き抜く」というよりも、「持ち上げる」に近い感覚で、意外と簡単に収穫することができるのである。
ただし、童話のように大きく育ちすぎたカブでは、そうはいかないかもしれない。というのも、カブは成長するにつれ細根を発達させ、強く土にしがみつくためである。
こうなってしまった場合、周囲をスコップ等で根切りするのが効果的だが、育ちすぎたカブは辛くなり、スジも強く出てくるため、食べごろを逃すことになってしまう。
カブは種まきから収穫までが早い作物なので、家庭菜園などで育てる際は、童話のようなことにならないように注意したい。
まぁ団長はカブを抜くというよりも、カブで抜くわけですけどね。
ところで、このお話がロシア民話であるということは、意外と知られていないのではなかろうか。
有名な「うんとこしょ、どっこいしょ」の掛け声に当たる部分は、原典では
"Тянут-потянут, вытянуть не могут."
(チャーヌト・パチャーヌト、ヴィーチャヌト・ニェ・モーグト)
という韻文が繰り返される。(youtubeよりロシア語朗読音源、音量注意)
これは本来掛け声などではなく、「引っ張っても引っ張っても、(カブは)抜けませんでした」というナレーションなのだが、
独創的な掛け声を加えることで、原文の生き生きとしたリズム感をそのままに伝えているのである。
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